美しきオートクチュールライフ

フルオーダーメイド

自身をフルオーダーメイドした人生を送るということを送ること。それが私が伝えて行きたい学びを伝える姿勢。

それは便利だからとか、使い勝手が良いからとか、安いからとか、お得だからとか、楽だからとか、またはブランドだからとか…などの理由で買う服ではなく、完全にオートクチュールコレクションの如く生きて欲しいという願いが詰まっている。

人生の学びとは、美くしくなければと思う。自身を高めて、1cmの妥協もしない方がいい。1cmの妥協は、靴や服ならやっぱりなんか履き心地や着心地かしっくりこないし、足が痛くなったりするから履かなくなる。妥協したものは、やはりだんだんとズレか生じてくるから大きな視点で観たら損なのである。

人生もまた然り。なんとなく仕事をしたり、なんとなく寂しいから誰かと過ごしたり、楽そうだからとか、条件が得そうだからと選ぶことは結局はまたズレが生じてしまう。

だからまた不満が募ってきて、いつまで経っても満たされることはないというジレンマで悩む。

オートクチュールな人生とは、本当のWANT TOで生きること。そこに得とか損とかいう世界はなくて、望んでいることを選ぶのだからそれが役に立つかどうかなどが絶対的優先順位でないハズ。そのことをいつまでも知らないでいると、なんだかいつも誰かと比べたらまま、自分は劣っていると、価値がないとか、何も生み出せていないという存在の価値を認められい自分がそこに在る。

この悩みのループの中でぐるぐるとはまり込むと、どこからどう抜け出していいのかが本当に観えない。視点が低くなってるから、出口がわからない。

そうなると、自分のWANT TOそのものがわからなくなって来て、外側に答えや真似をしたらいいのかと思ってしまうけど、それは単なる答え合わせのようなものだから、根本的な解決には何もならない。

頭が痛いからバファリンを飲む的な、現状をなかったことにする代替治療みたいなものだ。

根本的な治療の近道は、すでにそれを知っている人に手を引っ張っていってもらうこと。オーダーメイドの人生ってこういうことだよって魅せてくれる人から学べば良い。

わからないなら、助けを求めたらいい。わたしもたくさん助けてもらったし、今でもたくさん助けられている。

そして、わたしが助けられる得意なことは、できる限りのことはすべて与えようと思う。それは自身を真に学ぶ美しさだったり、かけがえない真実を知るプロセスだったり、どこまでも冒険できる人生の楽しさだったり、人生や自分自身の内側に眠ってる力や尊さだったり。

自身を小さく観る癖がついてる場合、人生もまた小さくなって、可能性も小さくなって、視える範囲も小さくなる。だから、チャンスなどないように感じる。だけど本当は自分自身がひとりで勝手にその世界をまさに創り出している。

それは美しく自由自在にに動いているこの世界とは真逆の方向に動いているから、自然の流れに逆らっている状態。美しく自由な方向に変えることは、美しく生きること自体がそもそも自然だったことに気づく。

美しく生きることは、誰かのために、そしてあなたのためになる。それを知る学びは世界のためになるとわたしは信じている。

Yasuyo “オートクチュール” 180day
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