どストライクな心地いい生き方

琴線に触れる

いつもありがとうございます。

ビューテフルライフィストYasuyoです。

最近、シークレットな私のグループページができまして♡

そこに書きたいことを書きなぐるように書いているので、ちょっとブログの頻度が減っております…笑

そのシークレットのページにね、毎日毎日書いていて気づいたことがある。

実は多少なりともブログは遠慮して意識して書いてるんだわ!という発見。ちょっとびっくりしたけど、なるほどと思った。

でもそれもまたわたし♡♡

まだまだもっと出せるし、もっと出しますわ。

自分琴線に触れるものの追求がさらに加速している2019年。

だから、そんなメンバーが集まるし濃厚なチームになってきてる。

”ほんとうのもの”ってなんだろう?

“ほんとうにやりたいこと”ってなんだろう?

“ほんとうに喜びを感じること”ってなんだろう?

”ほんとうに心地いいこと”ってなんだろう?

少しのズレをキャッチできるようになればなるろど、真ん中に戻りやすいなーって思うんです。

どこまでもズレていくと、カラダもそうだけど、戻していくの大変なのと同じように、自分自身がなにが心地いいのかすら、わからなくなってくるし、

「自分のことがよくわかりません。」というところまで離れていってしまうよね。

自分がどこにいっちゃってるのかよくわからないって、なかなか大変だよね。

どこに向かいたいかもわからなくなるし、どうしたいのかもわかなくらくなるし。

最初は好きなことなのに、すぐ嫌いになったり、思い通りにならないと、やっぱりこれじゃないのかもと思ってしまうのも、そんな感じ。

自分が好きかどうかよりも、自分に合ってるか、合ってないか、とかで物事を見だすようになったらズレてきてるサインかもしれない。

こんな風になる理由は至ってシンプルで。

「自分のど真ん中に戻ってくるしかない。」

自分のど真ん中に戻れば戻るほど、ある意味では自分勝手とか我儘になるのかもしれないけど…。

でも、自分の心地よい状態を無視してまでやらなくちゃいけないことなんて本当にあるのだろうか?

なんで我慢してまで、自分を置きざりにする?

そちらの方がなんか自分に対して勝手な気がする。なんだかとても冷たい気がする。

自分に対しては勝手に扱っていいなんて思わずに、自分の微妙な感覚、心地よさをどこまでも観察して追求してほしいなと思う。

本当の自分勝手は、純粋で純度が高い状態。それは実は誰にとっても心地よい状態だとわかっていくようになる。きっと♡