観えるひと

あなたはなにが観える?

「観えるひと」という大きなくくりで書いたけれど、「観えるもの」は様々違う。

未来予測、未来予言などのヴィジョンが観えるひと。

天使や妖精やスピリットアニマルが観えるひと。

守護霊とか、肉体を離れた霊とが観えるひと。

なにかしらの直観が観えるひと。

未来の不安や恐れが観えるひと。

美しい世界が観えるひと。

厳しい世界が観えるひと。

星や地球の大きな流れが観えるひと。

人の痛みや身体が観れるひと。

数字や記号が観れるひと。

幻想やファンタジーが観えるひと。

言葉が降りてきたり、音となって観えるひと。

植物や動物の言葉や気持ちが観れるひと。

波動やエネルギーやオーラが観えるひと。

こうして並べて書いてみると、いろいろな視点から観えるひとたちがいると思う。

それを霊能者と呼んだりもするし、霊感がつよいひとと呼ばれたりもする。

でも、わたし的にはここに差はなくて、観えないものを感じているということには変わらない。

それが、当たってるか当たっていないかとか、そういうことよりも、私たちはどちらにせよ霊的な存在だということを忘れない方が大切だと思う。

ただの肉ではなく、霊(スピリット)と共に生きていて、それぞれの能力が違うんだということ。

わたしが伝えたいのは、『この力をこの世界でどう生かすのか?』ってことが重要であって、生かせるには、己をよく知ってないとできないよねってこと。

ファンタジーの力がある人は、生かせると、ハリーポッターやスターウォーズみたいな作品を生み出せる。

でも、生かせないとファンタジーにのまれて現実逃避してしまうかもしれない。

自分の創り出した世界にのまれて制限にガチガチに固まっている場合は、どんな力も生かせなくて逆に力に支配される。

生かせるひとは、音楽や絵や本にしたり、何かしらを作品にしている。自分自身を、人生を作品として表現する。とても自由で、とても自在で自分がその力を使いこなす。

よく小さな子供は、まだまだ完全に霊的な存在のままなので、天井や壁に向かって話しかけたり、じっと観てたりするという話をよく聴くけど、だんだんの肉体が優勢になってくるからその力が薄れていくという。

実際わたしも5歳くらいの時には不思議なモノをよく観てた記憶がある。

あなたはどうだろう?

今も、その霊的な力を使ってると思う?

それとも力は制限によって奪われてしまっている?

自分をしっかりと知って、自分の力を取り戻していったときに、はじめて自分の人生の舵をしっかりと握れると思っているし、最初から霊的な力はみんな持っていると思っている。

肉体だけで頑張っていかないでもいい。むしろ、本来の直観的な感覚を取り戻していけばいい。

本当は私たちはなんでもできる。

本当の私たちはそういう存在だから。

それを思い出す旅へ。

自分を超えたその先へと進もう。

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