これは夢なのか現実なのか?

夢を見ることをあきらめない

幼い頃は誰もが何にでもなれると思っていて、それはなんの疑いもなく自由は創造力でなりたい自分を思い描いている。

それはとてもナチュラルな人間の思考で備わったイマジネーションの力だと思う。

この力をいつのまにかどんどん勢力を失っていくのは、教育や環境や常識であり、この目に観えない『当たり前』というシステムの中にいつのまにか吸い込まれてしまう。

もちろん『当たり前』なのでなんの疑問も抱かずにそれを知らぬ間にうけとる人が多いと思う。

これに背くモノは変わり者とか、普通じゃないと敬遠されたり煙たがれたり、笑われたり馬鹿にされたりしていたかもしれない。

あの世界のICHIROもずっと笑われてきたと云っているので、夢を追いかける人は最初は笑われるのだろう。

それはやっぱり嫌だし、安全欲求がやはり高い私たちは多くの人はあきらめる。

常識とか当たり前とか普通とか云う多数決が多い同じ川の流れのようなものに乗っておかないとなんだか怖いからだと思う。

異国の地に根付く宗教にも当たり前が存在していて、それを当たり前として守るのと、なんだか似ている。

でも信仰という名の宗教は、生きる上で信じる土台のようなモノだとわたしは捉えているし、実際信仰している人たちは絶対的な強さみたいなモノを感じる。

私たちの『普通や当たり前』は、果たして私たちを内側から強くしてくれるのか?と考えるとそうは決してそうは思えない。

わたしは…。10代の頃からその当たり前がとても嫌だった。だからそれを当たり前だと云わない社長に出逢えたし、本気で好きなことをして夢をカタチにしている社長を観て育ったからとてもラッキーだったと思う。自分を生きてるかっこいい大人が周りにいた。

だけど実際にそれをカタチにするのは、決して簡単ではもちろんなかったと思う。葛藤も挫折も停滞もしたし、プライドも挫かれたし、劣等感も生まれた。

でも。それよりも常識とか普通とか当たり前とかいうカタチにはめられるよりはよっぽどこちらの方が幸せだとどこかわかっていたので、こちら側にしっかりとしがみついた。

夢みたいなことを云うな。

夢ばかり追いかけないで現実を見ろ。

夢は叶わないものだ。

夢ばかり追いかけると苦労する。

このフレーズはたしかに完全に間違っているとは思わない。

ただただ夢を描くだけではもちろん叶わないから。そこには行動が伴わないとならない。

『想いと行動と信じ続ける力。』

夢を叶えるのは、とてもとても地道な作業だと思う。わたしは夢ばかりずっと観てる人生だけど、同時にとても現実的であり地道な活動をできる力を育ててきた。

今やこれらは、そんなにわたしにとっては苦しいことではない。どうなるかわからかいという可能性をカタチに変えることの喜びにまで到達できているから。

『どちらが夢でどちらが現実なのか?』

そこまで思えるほどに統合できるようになれば、私たちは夢のような現実を生きることができる。

これがいまのところ、わたしが云えること。モロッコでの旅が夢か現実かわからないほどに感動的だったように。

【美しく生きる。旅するように生きる。】

これは最初に10代の頃に働いたわたしのボスの言葉でもある。本当に感謝している。

だから、わたしもそういう存在になると決めている。

美しく旅するように、理想に生きる人たちと共に育み歩んで行こう思う。

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